2022-04-19

北海道大學校友-台灣紅茶之父新井耕吉郎

 

新井耕吉郎(あらい こうきちろう Arai Kōkichirō,1904年2月26日-1946年6月19日),日本農學家,群馬縣利根郡東村(現沼田市利根町)人,畢業於日本北海道帝國大學農學部。
新井耕吉郎在日治時期來台灣服務,在台灣成功種出錫蘭紅茶。鞠躬盡瘁、被譽為「台灣紅茶之父」。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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日本已故農業技師新井耕吉郎被譽為「台灣紅茶之父」,台灣企業家奇美集團創辦人許文龍感念新井為台奉獻,打造新井半身雕像,新井後人已將雕像捐贈給群馬縣沼田市,希望讓大家知道雕像是來自台灣。


2022年讀賣新聞

「台湾紅茶の父」と称される農業技師…湖畔の寒暖差に着目、功績たたえ現地から胸像 

「台湾紅茶の父」と称される群馬県利根郡東村(現沼田市)出身の農業技師・新井耕吉郎(1904~46年)の胸像が沼田市内の墓地から園原運動公園(同市利根町園原)に移転され、13日に除幕式が行われた。

2021讀賣新聞

「台湾紅茶の父」の功績、学び楽しみ振り返る…群馬・沼田出身 新井耕吉郎

「台湾紅茶の父」と称される利根郡東村(現沼田市)出身の農業技師、新井耕吉郎(1904~46年)の命日にあたる19日、前橋市のカフェで、功績を振り返り、台湾紅茶の歴史と楽しみ方を学ぶセミナーが始まった。毎月の開催予定で、初回は台湾で紅茶などの取材を続けている作家の平野久美子さんが講演した。

 新井が日本統治時代の台湾で紅茶の栽培に目をつけたのは1920年代後半。台湾総督府中央研究所に勤務し、台湾中央部の 日月潭につげつたん 湖畔にある盆地「魚池郷」が、寒暖の差が大きい気象条件などから栽培に適していると判断。インド産アッサムなどと台湾の原種を交配させて製品化に成功した。

 

2019台灣民報

愛台者莫過於此!台灣紅茶之父新井耕吉郎的故事

中央廣播電台/沈聰榮

這位決定在日月潭培育紅茶的技師叫新井耕吉郎(1904~1946),後來則被尊稱為「台灣紅茶之父」,也被魚池茶鄉人視為貓蘭山的守護神。3年前的619日,也是他去世70周年紀念日,一群來自南投魚池鄉30多位茶農,刻意選在這樣的日子裡,遠赴日本新井的出生地--群馬縣沼田市利根町園原,希望就站在他的銅像前,「當面」緬懷、感謝他對台灣紅茶產業的貢獻,亟欲傳達的心情,是一份從茶樹裡發展出來,跨越國籍與時間的感動與感激。

 
有台灣紅茶之父美譽的日本人新井耕吉郎,日治時期就來到魚池鄉研究紅茶改良,為台灣紅茶發展奠下基礎,而其在台灣出生的女兒櫻井玲子(出嫁改姓),則在日人撤退時回國,已歿多年的櫻井,其兒子櫻井昌幸近日帶著家族到魚池尋根,申請當初外祖父、母親在台的戶籍資料,除感謝鄉長陳錦倫、戶政事務所協助,也為圓滿達成尋根任務感到感恩。

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